変形性股関節症とは
変形性股関節症とは、股関節でクッションの役割を果たしている関節軟骨がすり減ることによって関節に炎症が起き、悪化すれば股関節が変形してゆき、股関節痛や機能障害を引き起こしたりする疾患です。40〜50代になると、脚の付け根(股関節)に痛みを感じる方が多くなってきますが、その大半が変形性股関節症の発症によるものだといわれています。(*1)
股関節は「大腿骨(だいたいこつ)」という太ももの骨と、腰を支える「骨盤(こつばん)」で構成されており、大腿骨上部の骨頭(こっとう)というボール状の骨が、骨盤側の寛骨臼(かんこつきゅう)というお椀状の部分にはまり込むような形になっています。これらの骨頭と寛骨臼は、柔らかく弾力のある関節軟骨という組織で覆われ、関節を保護したり、関節の滑らかな動きを助ける役割を果たしています。
変形性股関節症では、この関節軟骨がすり減ったり変性(表面がけば立ち、保水力低下により弾力を失って脆くなる)したり、脆くなって剥がれた軟骨の断片が周辺組織を刺激し、炎症を起こして痛みを生じたり、骨頭や寛骨臼が変形してしまいます。
変形性股関節症は女性に比較的多く、発症年齢は40〜50歳が多いとされていますが、寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)といって、生まれつき骨頭に対して寛骨臼という股関節側で骨頭の屋根の役割をする部分が狭い方は、20代以下の若年でも痛みが出る場合があります。
厚生労働省の調査によると、股関節の痛みは、高齢者が自立した生活を送れなくなり、将来的に要介護になってしまう大きな原因の一つとされています(*2)。そうなってしまうことを避けるためにも、変形性股関節症という疾患を知り、早めの対策を行うことが重要です。
変形性股関節症の症状
変形性股関節症の主な症状としては、痛みと機能障害(関節の動きが制限されること)があげられます。痛みが生じる原因は、主に2つあります。
ひとつ目は、股関節への負担によりすり減った関節軟骨の断片が、滑膜(かつまく)という関節を覆っている膜を刺激し、炎症を引き起こす「滑膜炎(かつまくえん)」による痛みです。
そしてふたつ目の原因としては、股関節への過度な負担により関節軟骨の摩耗が進み、軟骨下骨(軟骨の下にある骨)が露出することによって痛みの信号を受信するレセプターが現れ、痛みを感じるようになります。
さらに症状が進行すると、最終的に骨が変形してしまい、痛みがさらに増して関節の動きも制限されるようになってしまうのです。
股関節に原因があるとしても痛む部位は股関節ではなく、膝やすね、ときには腰が痛む場合もあります。これは放散痛(ほうさんつう)といって、感覚をつかさどる神経の分布によって、痛みの原因部分以外の箇所に痛みを感じることがあるためです。膝痛や腰痛などの症状で当院(藤田医科大学ばんたね病院)にお越しになり、股関節の治療を行ったら膝や腰の症状が改善したといったこともあります。
次項より、変形性股関節症の病期とそれぞれの特徴について、さらに解説していきます。
前期股関節症
前期股関節症は、変形性股関節症の第一段階で、関節軟骨はまだすり減っていないものの、変形性股関節症になる可能性が高い状態です。
寛骨臼形成不全などの疾患があり、変形性股関節症になりやすい状態の場合などが考えられます。
初期股関節症
変形性股関節症の初期段階では、起き上がったり立ち上がる際、歩き始める際などに脚の付け根(股関節)になんとなく違和感を感じたり、軽度の痛みを感じることがあります。
また、脚の付け根以外にも、お尻や太もも、膝や腰などに痛みやこわばりを感じる場合もあります。
進行期股関節症
変形性股関節症が進み進行期になると、痛みが慢性化して、関節も動きにくくなり、歩行や靴下を履く動作、足の爪切り、正座などを行うことが難しくなり、日常生活に支障をきたすようになります。さらには、安静にしていても常に脚の付け根が痛んだり、夜寝ていても痛みが続いたりします。
末期股関節症
変形性股関節症がさらに進行し末期になると、極度の痛みを感じるようになり、脚の付け根が伸びなくなり、膝が外に向かうようになります。筋力が落ちてくることによりお尻や太ももが細くなり、左右の脚の長さが違ってきます。
変形性股関節症の原因
先天的な要因
先述でもご説明したように、股関節は大腿骨上部の骨頭という球状の部分が、骨盤にあるお椀状の寛骨臼にはまり込むようになっています。これらの骨の表面は関節軟骨に覆われており、この軟骨が衝撃を和らげるクッションの役割をしつつ、滑らかな可動を実現しています。
この関節軟骨が摩耗してしまうと、痛みを生じたり、少しずつ骨が変形してしまい、変形性股関節症の発症に繋がってしまいます。
中でも、先天的に骨頭の被覆(ひふく:覆われている部分)が少ない骨盤になっている方は、骨頭からかかる圧力を寛骨臼の狭い範囲で受け止めることになるため、負荷が集中しやすく、変形性股関節症を発症しやすい傾向があります。
日本国内で変形性股関節症の患者485例を対象にした研究では、全体の81%が、骨頭の被覆が少ない骨盤になっている「寛骨臼形成不全」であったことが報告されています。(*3, 4)また同研究で、80歳以上の変形性股関節症患者のうち、寛骨臼形成不全であったのは40%以下であったのに対し、40歳代の変形性股関節症患者で寛骨臼形成不全であったのは90%を占めていた(*3, 4)ことから、寛骨臼形成不全である場合は比較的若年のうちから変形性股関節症を発症する傾向にあることが分かります。
その他にも、乳児期に脱臼や寛骨臼形成不全を起こすなど、股関節が不安定な状態になる「発育性股関節形成不全」の方も、のちに(40〜50代頃に)変形性股関節症を発症する原因となりやすいことが分かっています。(*1)
「発育性股関節形成不全」の患者40例48関節を対象に平均35年間を調査した研究では最終的に、前股関節症が36関節、初期股関節症が6関節、進行期股関節症が5関節、末期股関節症が1関節、確認されています。(*4, 5)
また、日本における変形性股関節症患者は女性に多く、これは先述にてご説明してきたような変形性股関節症の大きな原因である「寛骨臼形成不全」や「発育性股関節形成不全」などが女性に多いことが影響しています。日本国内のX線(レントゲン)検査による変形性股関節症の有病率は1.0〜4.3%とされ、男性では0〜2.0%、女性では2.0〜7.5%となっています。(*4)
大腿骨と骨盤の衝突(大腿骨寛骨臼インピンジメント)
ここまで骨頭という大腿骨上部のボールに対して寛骨臼という骨盤のお椀が狭い場合に変形性股関節症に罹患しやすいというお話をしてきましたが、逆に、寛骨臼が骨頭を覆う範囲が広すぎる場合でも、股関節の痛みや障害を生じやすくなります。
この特徴をお持ちの方の場合、大腿骨と骨盤との衝突(大腿骨寛骨臼インピンジメント)が起きやすくなり、関節唇(寛骨臼の縁にある幅15mm程の軟骨組織)損傷が生じてしまうことがあります。(*6) 関節唇には骨頭と寛骨臼のつながりを安定させる役割があるため、ここが損傷することで痛みや不安定さを感じるようになってしまいます。
また、股関節を動かす際に、変形性股関節症になりやすい動作の癖を持っている方もいます。腰(骨盤や腰椎)も連動して使う方をスパインユーザーといい、他の筋肉を使わず股関節のみを動かす癖のある方をヒップユーザーといいますが、この股関節のみを動かすヒップユーザーの方も大腿骨と骨盤との衝突(大腿骨寛骨臼インピンジメント)が起きやすいです。
股関節を動かす際に骨盤や腰椎を連動させて動かすことで、この大腿骨と骨盤との衝突(大腿骨寛骨臼インピンジメント)を起こしにくくし、変形性股関節症を予防することにも繋がります。
ただし、このような動きは、腹筋や背筋をはじめとした体幹の筋力がついていないとできませんので、後述にある「運動療法」でご紹介しているような運動を日頃から行い、筋力をつけておくことが必要です。
このほか、身体が硬いといった要因などもあわさって大腿骨と骨盤との衝突(大腿骨寛骨臼インピンジメント)が起きやすくなることでも、変形性股関節症に罹患するリスクが高まります。
重量物を持ち運ぶ作業・長時間の立ち仕事をしている
重量物を持ち運ぶ作業や、長時間の立ち仕事を行う職業についている方も、変形性股関節症になりやすい傾向にあります。
日本国内の人工股関節全置換術の待機患者114例を対象に調査を行った研究では、25kg以上や50kg以上の重量物を持ち上げる作業を行う仕事に就いていた方が、そうでない方よりも変形性股関節症となるリスクが高かったことが報告されています。(*4, 7)
また同研究にて、最初に就いた仕事において2時間以上座って仕事を行っていたグループについて、立ち仕事を主に行うような仕事と比べて変形性股関節症となる割合が低かったことも報告されています。(*4, 7)このことから、座り仕事より立ち仕事をメインで行う職業の方が、変形性股関節症となるリスクが高いといえます。
肥満傾向にある
肥満も変形性股関節症の危険因子のひとつです。体重が増えれば、それだけ股関節にかかる負担も大きくなります。
肥満と変形性股関節症の関連性について報告している研究も多く、このことからも肥満傾向になることで変形性股関節症を発症するリスクが高くなることが分かります。(*4)
過度なスポーツをしている
激しいスポーツや、股関節を大きく動かす動作のあるスポーツをしている場合も、激しい動きをする中で関節軟骨を損傷し、変形性股関節症になってしまうリスクがあります。
遺伝的な要因も
遺伝も変形性股関節症の発症リスクに影響があるとされています。
人工股関節全置換術を受けた変形性股関節症患者266例と、その兄弟姉妹1171例、変形性股関節症患者の配偶者376例を調査した研究では、対象患者の配偶者と比べて、兄弟姉妹が人工股関節置換術を受けた割合が有意に高かったことが報告されています。
保存療法
生活指導
変形性股関節症の治療では、股関節の関節軟骨のすり減りを遅らせ、症状をできるだけ進行させないようにすることが大切です。そのため、変形性股関節症治療のための生活指導では、股関節にかかる負荷をできるだけ減らすための指導を行います。
たとえば、
- 重い物を持ち運びする作業はできるだけ避ける
- 減量する
- 歩くと痛みがある場合は杖やカートを使用する
- 靴はかかとに弾力性のあるものを選ぶようにする
など、股関節への負荷を減らす生活を心がけることにより変形性股関節症の進行を防ぎ、症状の改善が見込める場合もあります。
また、和式から洋式への生活様式の変更も効果的です。和式の生活は床に敷いた布団から立ち上がる、和式トイレから立ち上がるなど、股関節に負担のかかる動きが比較的多いため、可能であれば洋式の生活に変更することが望ましいです。
運動療法
変形性股関節症の運動療法は、股関節周りのストレッチや筋力訓練、有酸素運動などを行うことで、股関節の痛みや機能改善を目指す治療法です。
運動療法は、変形性股関節症の症状がどの程度進行しているかに関わらず、重要な治療法です。
次項では運動療法の例として、まずは股関節の柔軟性を向上するためのストレッチ方法をご紹介します。
ストレッチは股関節周りの筋肉を緩めてリラックスさせることができます。それだけでなく、股関節の位置を矯正する効果も期待できるため、股関節が動きやすくなり、可動域(動かせる範囲)を広げることができます。
変形性股関節症予防・治療のためのストレッチ方法
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- 床に座り、片脚のみあぐらをかくように曲げ、もう片脚は横に伸ばします。
- 背筋をしっかり伸ばし、曲げた脚にお腹をつけるように上半身を前に倒します。
- 1〜2を1回10秒間、10回程度繰り返しましょう。
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ストレッチによって股関節が楽に動かせるようになったところで、筋力トレーニングを行います。股関節まわりを鍛えることで、股関節を支える筋力をつけることができ、関節への負担を軽減することができます。
次に、股関節を支える筋力を鍛える運動のひとつとして、股関節の前側にある大腿四頭筋(だいたいしとうきん)を鍛える方法をご紹介します。
股関節の前の筋肉を鍛える運動方法
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- 床に仰向けに横になり、膝を直角に曲げます。このとき左右の足はくっつけておきます。
- 片脚の膝を伸ばして上げられるところまで上げ、7〜8秒間静止したあと、ゆっくりと脚を元の位置まで戻します。
- もう片方の脚も2と同様に行います。
- 1〜3を10回、1日3セットを目安に行いましょう。
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体幹トレーニング(プランク)
変形性股関節症の予防や症状改善のためには、プランクなどの体幹トレーニングを行うこともおすすめです。
先述の「大腿骨と骨盤の衝突(大腿骨寛骨臼インピンジメント)」にもあるように、体幹の筋力をつけることで、股関節だけを動かすのではなく、腰(骨盤や腰椎)を連動させた動きができるようになります。すると、股関節にかかる負担を減らすことができ、変形性股関節症の痛みの改善や予防効果が期待できます。
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- うつ伏せの状態で、前腕・肘を床につけます。
- 腰を浮かせ、頭からかかとまでが真っ直ぐになるようにします。
- ゆっくり呼吸しながら、1分程度その状態をキープしましょう。
- 1〜3を、1日3セットを目安に行います。
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上記のプランクの他にも、片脚を上に上げてプランクを行ったり、サイドプランクを行うことも、体幹が鍛えられ、変形性股関節症の予防・症状改善効果が見込めます。
(片脚上げプランク)
(サイドプランク)
健康ゆすり
脚を小刻みにゆらす健康ゆすりも、変形性股関節症の痛みに効果的であるとされています。
そこでここでは、健康ゆすりのやり方をご紹介致します。
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- 足裏がしっかり床につくように椅子に座ります。
- 片足(もしくは両足)のつま先を床につけたまま、かかとを小刻みに上下に揺らします。
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水泳・水中ウォーキング
変形性股関節症の方は、水泳や水中ウォーキングなども効果的です。水中では浮力が働きますので、股関節に負担がかかりづらく、かつ水の抵抗力により全身運動になるので、全身の筋肉を満遍なく鍛えることができます。
ただし、これらの運動療法もやりすぎれば、かえって関節を傷めて症状を進行させてしまうことになりかねません。運動の目安としては、翌日に疲労を残さない程度の運動を毎日続けるようにしましょう。
また、定期的に診察に行き、変形性股関節症の進行度や治療効果が出ているかどうか確認することも大切です。